「持ち帰り」の習慣 アメリカのレストラン
食物に対する「もったいない」の概念が日本と欧米では違います。
アメリカでは、食べきれなかった食事をDoggie Bagに
入れて持ち帰るのは、当たり前です。
日本でも、「食事お持ち帰り」文化は徐々にですが、浸透するかもしれません。
今回、私が同行した生徒は、中国籍ですが、
食べきれなかったビザ、ポテトフライ、ハンバーガーを
しっかり自室に持ち帰りました。
中国でもDoggie Bagは、習慣として根付いているようです。
彼が持ち帰ると言った時、「ホテルの部屋に電子レンジがあったかな」と
私は瞬間的に思いました。
それから一日が経って、結局彼はピザもハンバーガー、ポテトフライも
食べずに捨ててしまいました。
アメリカに留学中のある生徒によると、カフェテリアで食べきれなかった
食事を多くの生徒が寮に持ち帰ると言います。
しかし、そのほとんどが食べられることなく、ゴミ箱行きになるそうです。
アメリカの若い世代は、親から「お持ち帰り」の習慣は引き継ぎましたが、
その本質である「残さない」ということがすっぽりと、
抜けてしまっているのかもしれません。
まだ、日本では、食べきれなかったものを持ち帰る習慣は根づいていません。
それは、残さず食べるということが義務付けられていた戦後世代にとっては、
注文したものを平気で残すことそのものに抵抗があるからかもしれません。
ちょっと無理しても、もったいないから食べるということが、
私の世代では当たり前です。あるいは、食べ物の味に敏感な日本人は、
温めなおして食べるものが、アメリカ人のように
「何でもあり」ということにはならないのかもしれません。
「マクド」や「ケンタ」などで育ったこれからの日本の若い世代が、
アメリカ文化で定着しているお持ち帰りの習慣を、
どのように受け入れるでしょうか。
やっぱり、日本には、持ち帰りの習慣は根づかないものでしょうか。
あるいは、日本型のお持ち帰りが新しく生まれるのでしょうか。
もし、そうであるとすれば、どのような形になるでしょうか。
学校訪問が終わり、生徒を先に帰し、既存の生徒の学校を訪問しました。
すべての仕事を終了し、ヒルトンホテルで一人夕食を取っていると、
ボロネーゼを注文した人が、Are you done?と聞かれて、
Yes, I’m sorryと言っていました。何故だろうと思っていると、
その人は、半分も手を付けていないメインの食事をそのまま
お持ち帰りしました。
アメリカでは、ヒルトンのレストランでさえも、
お持ち帰りがありなのかと私は感心しました。
もしかすると、お持ち帰りは相手に対する礼儀として、
アメリカで定着しているのかもしれません。