ボーディングスクール - ESLについて4
<前日のブログに続きます。>
私の知る限りでは、留学生でまともに夏休みに課題図書をすべて読んで新たな学年に臨むという生徒きわめてまれです。何百ページもある小説、なかには短編もあるでしょうが、いずれにしても一時間で四十ページなどというペースではとても読めません。そこまで、勉強熱心というよりも、徹底して英語という言語に執着する留学生はなかなかいません。しかし、なかには読書が好きで、文章を書くことも苦にはしないといった留学生もいます。そのように文字に興味のある生徒は必ず英語力も伸びるといえます。
少しばかり余談になるかもしれませんが、文字やそれによる表現に興味を持つということは、それぞれの生徒の個性が発展した特性といえると思います。テストの点数取り競争とは全く別のところで、子どもたちはそれぞれの個性を必ず持っていますが、ひとクラスの人数の多い日本の学校では、一人ひとりの個性や微妙な特性までを先生が見出し、誉め、伸ばすことは、難しいと思います。それはむしろ親の仕事の範囲になるのかもしれません。余談を終わります。
さて、ボーディングスクールのESLでの学習が日本と違ってとても面白いところは、テストの点数という結果ですべて成績が決まらないということです。日本であれば、中間期末考査でとにかく一点でも多くとったほうがいいわけですが、ボーディングスクールではそうはいきません。クラスで発言や問題提起などの「授業への参加度」、宿題の提出度合いとその出来具合、個別あるいはグループによる授業内でのプロジェクトと呼ばれる研究課題のできなどが、テストの点数に学校独自のパーセンテージで加算されます。
絶対評価があたりまえのアメリカでは、B評価では不満の生徒が多いのです。少なくともA-(エーマイナス)、悪くてB+、C以下があれば、アイビーリーグへの進学は難しいという日本とは別な意味での熾烈な戦いがあります。しかし、戦う相手はおおよその場合「自分」です。なぜなら、クラス全員がAであっても成り立つのがボーディングスクールのだからです。そして、オールA生徒はその栄誉を称えられ、オーナーロールという成績優秀者にリストアップされます。
ボーディングスクールの場合、学年ごとの生徒数が少ないこともあり(最も多い学校でも一学年200名位です)、学内でのランキングなどあまり意味がありません。また、生徒の能力によって、一つ上の学年の授業が受けられ、あるいはその逆もあるので、学年ごとにクラスがしっかり固定することもボーディングスクールではありません。
つづく