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ママ、助けてー

パレスサイドビルのB1階から地上階に上がる階段の中途から
透きとおった女の子の声が響きわたりました。
夕暮れ時、会社が終わるにはすこし早い時間で、人どおりはまばらでした。
女の子は「ママ助けてー」といい続けます。
上の階からそれを見ていた私は、
この子が2歳前後で少しばかり行動半径が広がった子ども特有の
冒険的好奇心から普通よりも幅が広く、段差が狭い
このビルの食堂階と地上階をつなぐ階段をのぼり始めたのだと
わかりました。
さて、階段途中で力尽きて、助けを求めている彼女に
階下のフロアにいたお母さんは、
「意味わかんない、なんなの、どーしたの、自分でできるでしょ」
私には女の子の言わんとしていることは、明確にわかりました。
「もう、動けないから、助けて」だよね。
女の子は泣くでもなく、べったりと階段に張りついたまま、じっとしています。
そして、叫んでいます。
彼女の声はよく通る声でした。言葉を覚え始めたころだと思います。
助けて以外、何の説明も、懇願もありません。
その繰り返しがとても印象的でした。
この子はどんな大人になるのだろうかと一瞬思いました。
―この子が英語圏で生まれていたら、Mom, help me!と叫ぶだろうな、そしたら、母はI don’t understand. What do you mean? と言うだろうか。それはあり得ない。Try to step down here by yourself. You can do it. Don’t be afraid. You can do it. Try! などと言うだろうな。
それにしても、彼女のお母さんが言った『意味わかんない』のほうが、意味不明だな。あえてそれを言ったお母さんの真意とは何だろうか。なぜ、お母さんは『自分で降りなさい』と始めからわが子に言わなかったのだろうか。いわゆる、ヤンママという人たちなのだろうか。いやそれは違う。ヤンママに対する偏見だ。
パレスサイドビルを設計された著名な方が最近逝かれ、
60年代に記録されたビデオが入口フロアで流されていました。
当時の録画なので、音域の狭い甲高い解説者の声が響く中、
この女の子はお母さんに抱えられて階段を下りてゆきました。
パレスサイドビルは、毎日新聞社があり、隣に現代美術館もあるので、
小さな子どもからお年寄りまでいろいろな人が出入りします。
私は、地階とB1フロアで時々ある、親子の出来事に遭遇します。
今日、私が目撃した女の子には、元気に成長して、
早く、「ママ、助けてあげる」と言えるようになってほしいと思います。

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