留学は忘れたころに効いてくる
すでに留学を終え、日本の大学に通っている娘さんのいる
お母さんからのメールを懐かしく読み返す機会がありました。
あまり勉強に興味がなく、決して平坦ではなかったお譲さんの留学時代。
それを支えたのは、お母さんに間違えありません。
とても活動的で、アクションが早く、なおかつ頭の回転も
早いお母さんは、わが子にたいそうやきもきしたと思います。
イライラしたと思います。
しかし、お母さんは恒にオープンで、理屈に筋が通っていました。
勉強嫌いなわが子にできうる限りの物理的、
精神的なバックアップを惜しみませんでした。
そして、自分がどれほど忙しくても、母としての本能でしょうか、
自分を忘れるほどに、わが子を必死で弁護することもありました。
しかし、溺愛ではありません。
わが子の行動に対して、「わけがわかんない」が、お母さんの口癖でした。
彼女は、自分の娘を客観的にも良く見ていて、
その言い分が理不尽なときは、決して折れませんでした。
学校側の言い分も良く聞き、あくまでも、良識をもって、対処し
わがままな自己主張はしませんでした。
いわゆる、モンスターペアレンツでは決してありません。
中学3年からの4年間を海外で過ごした当の本人は、
お母さんの必死さが、良く理解できたのでしょう。
高校を卒業を果たしました。そして、進学は
日本の大学を選択しました。私は毎日通っている雀の森神社に
本人が「いつもの通りに受験に臨めるよう」にと数週間祈りました。
合格は五分と五分、あるいは「それ以下かも」とは
お母さんの弁でしたが、合格しました。
「これからですね」と私がお母さんに言うと、
「もう自分でやるんです。私ができることはとても少なくなりました」と
お母さんは娘に対して、バックアップのギアを完全にチェンジしました。
仕事柄、多くの若い人たちを見てきたお母さんにとって、
わが子も自分のところの若いスタッフたちも同様なのだと思います。
彼らの生活を安堵させ、良い家庭を築くための「いろは」について、
お母さんは絶対にぶれない信条があると思います。
受け身でなく、能動の人生の「いろは」です。
本人は成長しました。そして、お母さんに再度「留学したい」旨告げます。
自分の求める技術を海外で獲得したいとついに、本人は能動の人生の
第一歩を踏み出したようです。
初めて、お母さんと本人と会ってから、10年になろうとしています。
留学は即効を期待して行うものではないようです。
語学のみを留学に期待するのであれば、あえて中等教育時代でなくても、
良いのかもしれません。
「留学は、忘れたころに効いてくる」と私は思います。
留学、その過程は実に楽しい―と言いたいのですが、
私も一人の親として、わが息子の留学、3年間を振り返り、
その最中には、「勉強になる」、「楽しい」とは言えませんでした。
それらは結果が出てから親として、過去をかみしめて
言えることなのだと思います。
これから、留学をさせるご家族、あるいは現役のご家族に
この話が参考になれば幸いです。