基礎教育について5: 経験の価値
現代の子どもに欠けていること、その一つは失敗体験ではないでしょうか。
ものがあふれ、便利さが徹底的に追求され、過剰なサービスをもって
豊かである日本では、簡単にあるいは気軽に失敗から学ぶことが
できなくなってはいないでしょうか。
大人が子どもに対して優位に立てる大きな要素として、
知識ではなくて実体験の多様さと豊富さがあると思います。
大人からのアドバイスが的確でしかも感動的なのは、
失敗の辛さや成功の嬉しさが、言葉に乗り移り、
それに沁み込んでいるからではないでしょうか。
私はチャレンジという言葉が大好きですが、その理由は
この言葉の持つ能動性にあると思います。
とにかく、やってみることなのです。
「自分で結果を引き受けること」
それなくして、固い頭もやわらかい頭も実践では
使いものにならないのではないか。私はそう確信しています。
10代の留学が基礎教育の経験にどのように貢献するか、
簡単にひとことでいえば、「現代の子どもたちに失敗を経験させる」
ことにあると思います。
ずいぶんと前の話ですが、あるお母さんは、
留学がうまく行かないわが子を嘆き私に言いました。
「この子はね、赤ん坊のころ笑った顔がすっごくかわいくてね。
ほーんと、かわいかったんですよ。それがね、今こんな悪たれつくように
なっちゃって、まったく、あの頃にもどれないものですかねぇ」
結局、お母さんに悪たれをつくばかりで、なんら親に対して、
誠実な態度を取らず、感謝もせず、我儘勝手ばかりが増長した彼は、
ついに父親の怒りに触れて、留学を中断させられました。
そして、家業の和食レストランで丁稚奉公となりました。
彼の留学における自ら招いた失敗体験を両親は見逃さなかった。
お父さんは人間として、息子に納得できなかった。
留学中断はお父さんにとり渾身の勇気を込めた決断だったと思います。
命をかけた決断といってもいいと思います。
お母さんも言葉で表せないくらい辛かったと思います。
お父さんの激情の鉄拳を身を持って制した母さん。
本人いわく、「あの時、おやじにこてんぱにやられたので、目が覚めた」
そうです。
結果として彼は父をしのぐ料理人に成長したばかりか、
もって生まれた商才に自ら気づき、レストラン以外の仕事も
手がけることになりました。
今でも賀状のやり取りがあり、若きスタリオンも一児の父となりました。
留学は、目的ではありません。その人のベストを捜し当てるための手段です。
人は経験から学び、それを求め続けるとは言えないでしょうか。
留学という「経験」を通じて、私はなるべく多くの若者に彼らの世界を
広げてほしいと思っています。