日曜コラム 駅の売店
カナダのケベック州、アメリカとの国境沿いにあるボーディングスクールに
留学している生徒が、
「日本は、すごいですよね。カナダでは絶対に日本の駅の売店のように、自由に商品を誰でも取れるようには置きません」と言っていました。
同感です。
いつも飯田橋で地下鉄を乗り換えるのですが、人通りの絶えることのない
通路には、はみ出すほどの商品が売店に置かれています。
お金を払うところは、奥まっているので、この売店を利用する人は、
自分が買いたい商品をわざわざ奥まったところまで、
運んでいかなければなりません。
ニューヨークの地下鉄の通路に同じような売店があれば、
どうなるでしょうか。
おそらく、数日の間に商品は消えてなくなってしまうでしょう。
日本では商店街の雑貨店なども、道にはみ出して商品を並べていますが、
確かに、私が訪問した英語圏およびヨーロッパの大きな都市で、
同じようにして商品を路上に陳列しているところはありません。
日本では、「商品は取られない」という大前提があるようにます。
前後の混乱期は別にして、この大前提は今も昔も揺るぎありません。
安全のイメージの強いスイスでも、
おそらく日本式の売店は成り立たないのではないかと思います。
日本の統一の取れた倫理観は、世界に誇れるものと思います。
特定の宗教や哲学で人を倫理的に導かなくても、あるいは
制限しなくても、このような良識が日本では通じます。
日本式駅売店が成り立つのは、もしかすると、
社会への義理があるから、あるいは人情かもしれません。
法律などで縛られるのではなく、人としてやってはいけないことを
日本では、独自の人間関係をもって維持しているように思います。
これから、世界が一層狭くなり、異文化交流がより盛んになります。
もしかすると、人の出入りの激しい都市部では、
今の駅売店は変わってしまうかもしれません。
そうなる前に、日本式駅売店が成り立っている日本固有の哲学を
より世界に広めることができないものかと思います。
そのようなこころざしを持てる若者を応援したいと切に思います。