#2 教育のグランドデザイン
ヨーロッパと違って日本は島国です。人の行き来は近年、地球規模で増加していて、誰でも外国に出かけた時のコミュニケーションの重要性は認識できるようになりました。日本でも、公私を問わず外国に行くことやそこで生活をすることが特別なことでなくなりつつあるなかで、世界のなかから教育を選ぶということは、おそらくこれからより普及するのではないかと思います。
英語力はどのようにしたら獲得できるか、これからの教育で大切なものは何なのか、現代は終身雇用、年功序列といった価値観がバブル経済の崩壊と共に崩れて、実力主義、能力主義による人生の組み立てが重視されるようになってきています。
何が実力でどのような能力があるのかは、自分が理解しているだけでなく、それが発揮できる場所が重要ではないかと思います。
社会の価値観が変化し雇用、就職の現状も以前とは違っているにも関わらず、教育の最前線である高等教育機関への入学や選択方法は明治時代と大して変わっていないように思います。
予備校やいろいろなかたちの塾のみならず、中学や高校の評価は、どこに何人進学したかということが、選択の確実な物差しになっているように思います。さらには、より具体的な入学の指標として偏差値によって、子どもたちは「何をどのようにすればどこに入れる」ということを知り、それに向かって努力できることが成功のカギのように考えられています。
教育がどんどん合理化、マニュアル化されているように思います。マニュアルどおりにすれば、間違えなくあるところに到達できるというのが高校までの教育の基本のように思います。マニュアルに個性や特性を組み込む要素は多くありません。もちろん、教育機関が一人ひとりの特性や個性を無視しているわけではありません。しかし、それらをどのようにして今の教育システムのなかに取り入れるのかが具体的ではありません。
社会に出た時にもっとも必要となるコミュニケーション力や自主的問題解決力、そしてプレゼンテーション力などは、大学生になってから考えればいいでは、とてもおそまつと言わざるを得ません。なぜならば、個性や特性などは、生まれた時からのもので、それがどのようなものなのかという認識は、高等教育機関になったから考えるものではありません。
これからの時代、教育のグランドデザインは家族で子どもが生まれた時点からスタートするのがより求められると思います。